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6年前の手術と胎嚢のエコー

今日台風来るみたいですね。

そういえばちょうど6年前の10月1日、
私の境界悪性手術の日は台風だったなぁ。
と思い出した。

今日と同じ9月30日の私の日記には
この日は台風が来るから看護師さんは早く帰りたいというので早めの剃毛。」
と書かれていた…。

やっぱりこの時期は台風シーズンなんだね〜。

6年経ったんだ〜。


昨日、友達から勧められた
「This is us 36歳、これから」
というプライムで見られるドラマを見ていた。

あ、ネタバレ入ります。

第一話で主人公の親が3つ子のうちの一人を死産で亡くした時に
担当医師が「私も最初の妊娠で子供を亡くしている」
というセリフを聞いた瞬間に涙が出てしまった。


なんでや?


あ、私も最初の妊娠は流産だった。
(最初もなにも1回だけだけど)



あの子の事忘れてたな〜。
ちゃんと思い出してあげなきゃ。
私の癌見つけてくれたんだから。
あの子が来て、去る、というあれがなければ
今のこの状態の私はいないんだ。
感謝を忘れちゃいけないんだ。

と思った。

忘れることはないけれど
思い出すことは少なくはなっていた。
家族にはなれなかったけれど
家族になりかけてくれた唯一の私たちの卵。


忘れちゃだめだね。



胎嚢エコーの写真はブログにアップしたくなかったので
してこなかった。
でも流産の初期胎嚢の参考にはなるかもしれないね。

6年経って、しっかり思い出すためにアップしてみる。

この写真は流産決定診察後の
待合室の椅子でガラケーでささっと撮った。
もう見れなくなると思ったから。
急いでいたからブレブレだ。

最初に見たエコー
6週目くらいかな。
12.5mm
c0201112_10483341.jpg
胎嚢つぶれてるねと、流産決定した時のエコー。
8mm
c0201112_11132021.jpg
やばー。
なんか悲しい写真だな。


でも、悲しくないよ。
大事な思い出だよ。
感謝だよ。


あ、術後6年目。
放置中の定期検診行かないとな〜。


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by unicorn_unico | 2018-09-30 11:11 | ● 短い夢の記録 | Comments(3)

ナンバーを変更しようぞ!

加藤諦三さんの本にたくさんの気付きを得たので
もっと読んで見る事にしてみた。

『「せつなさ」の心理』

の次は

『逆境をはね返す心理学』

これも面白かったーー。
(他にも著書たくさん。もっと読むぞ。加藤諦三先生HP


メモ

「低い自己評価がストレスの基本的な源泉である。」

「自分がこの状況を生み出した張本人と認める」


「「私は不幸」と口に出すのは「私は悪くない」ということである。」
「惨めさの誇示は憎しみの間接的な表現である」
「「苦しい」と訴えても解決しない。自分が這い上がろうとする意志がないから。神経症者は努力しないで幸せになる方法を求めてしまう。その結果、墓穴を掘る。」


「逆境に強い人の3つの共通点「受け身ではない」「憎しみがない」「解決の意志がある」
そして本人が意味があると感じているものと深いかかわりをしっかり持っている(家族とか仕事とか)」


「子供の頃はたくさん楽しい経験を。小さい頃から楽しい体験をしている人の方がストレスに強い」

「楽しい幼少期を過ごした人は単に「生きている」というだけでは、人生になんの価値もない。人のために生きなければ、その人生は価値がない。社会に貢献しなければ価値がない。 それに対して楽しい幼少期がない人は「生きているだけで」素晴らしい。地獄からはいあがって生きている自分を信じること。目の前の状況に対処できなくても、自分を信じること」

「ハーバード大学のベンソンほかが編集した「 The Wellness book」という本にストレスに耐え易い人の特徴として4つのCをあげている。
Control Challenge Commitment  Closeness



あ〜面白い。


逆境に強くない私へのグサグサグサグサ殺されかけるくらいの刺さり具合の言葉達でした。

そして改めて思う。
しなきゃいけないことはわかっていたのに
私は本当になにも実行できていない努力していない野郎だったと。


過去の日記でもこんなこと書いてるじゃん。
私の大好きなターシャの座右の銘について

【ターシャの座右の銘】

「人は自分が置かれている立場を、すぐ状況のせいにするけれど、この世で成功するのは、立ち上がって自分の望む状況を探しに行く人、見つからなかったら創り出す人である」

この「すぐ状況のせいにする」とか「立ち上がって」が一番大事なとこだった。


10年以上前に初めてスピリチュアルな人のところへ行った時に言われた言葉もこれだった。

「自分の弱さともきちんと向き合ってしっかり見つめて認めること。
 そして
自分の人生を自分の手でしっかり舵を取ってコントロールする事が人生の重要なテーマ。

この「弱さと向き合い」「自分の手で舵を取ること」本当に重要なポイントだった。

ずっと「どうにかなんべ」と思いながら、小さな悩みに過剰反応しながら、なんにも解決できずに生き続けていた。


嫌なら変えるしかない。
立ち上がるしかない。


そうだよ。

まずは小さな事からコツコツと!!


ということで、3年前に購入した車のナンバーがずっと嫌だった。
ナンバーなんてなんでもいいと、指定しなかったのが運のつき、私の中でのかなりのやばいナンバーがやってきた。
自分の大好きな車なのに、ナンバーを見る度にゲンナリしていた。

でもまぁ、いいか〜。
変更面倒だし〜。数字の(迷信的)呪縛を感じてても仕方ないし〜。
これが与えられたナンバーなら受け入れるしかないし〜。

なんてそのままでした。

流れるまま〜努力しないまま〜。
そのままでいいのか?


嫌なら変えるしかない。
立ち上がるしかない。

自分の人生をコントロールできるのは自分しかいない。


ナンバーを変える!!!

さっき早速申し込みをして、速攻振込も済ませた。
(抽選対象ナンバーではなかったみたい)


ナンバー指定しなかった自分を責めて後悔する。
手数料とかETC変更とか色々入れると全部で1万円掛かるし、
警察署行ったり陸運局行ったり保険に連絡したり面倒だよ。

でもそうじゃないんだよ。


ナンバー指定しなかった自分の責任を認める。
でもさ、こんなことがたった1万円で済むんだよ。
警察とか陸運行くとかめったにない経験できるんだよ。
面白そうじゃん。

こうなんだよ。

出来事は自分の捉え方次第だって、本当によく聞く言葉だけど
これマジだね。

そんなポジティブに生きられるかよって思ってたけど
そんなふうにツッコミ入れてたらいつまでも
自分は悶々とイライラしながら生きる選択をしているだけのこと。


私みたいなネガティブ思考人間がポジティブに生きるには、かなりの努力と訓練と覚悟が必要だった。


(捉え方次第ってことは、じゃあ、最初にもらったナンバーを素敵ナンバーだと思えばいいんだろうけど、
無理矢理かわいい語呂つけていい風に考えていたけれど、
周りの人がこのナンバーを見て嫌な思いをする人もいることがやっぱり嫌だなぁって105.png

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by unicorn_unico | 2018-09-22 22:22 | ● 本/TV/映画/ドラマ | Comments(0)

主体性のなさ

今日図書館へ行った。

図書館で目的の本がない時は、よく心の中で

「どうか今の私が読んでおくといい本に引き寄せてください」

と心の中で誰かに頼みます。

適当な本棚をウロツき「ん?」と思う本を手に取り、
目次と中身をチラ見して「ぉお!」と思えればラッキー。

今日はそんな感じで
『「せつなさ」の心理』加藤諦三
という本に導かれた。

なぜ「せつなさ」に反応したのかは自分でもわからないのだけれど
中身は私の求めている内容だった。


まだ全部読んでいないのだけれど、本の中で
「自主性、主体性」という言葉にびびっと来た。


あ、私は主体性がないんだ。


つい最近、夫にも言われていた。

いちいち俺に聞き過ぎ。
どうでもいいことまで聞き過ぎ。
特にここ最近ひどい!!

へ?

聞いてるつもりなかったけど、言われてみれば確かにいつも夫に「お伺い」をたてていた。

ここ最近鬱ぽかったので確かに脳みそぱっかん気味だったし、仕方ないっちゅーことで許してちょ。
と、言いたいところだけれども、
いや待てよ、最近だけではないような気がして来た。


振り返ると、私の人生すべて「主体性」に欠けていた気がするぞ。


自分で考えて来なかった。

そりゃある程度は考えていたよ。
だけど、しっかりとした芯のある主体性は欠けていた。

だからこんなに悩むし、不安症なのだ。

「自己確立」という言葉をよく目標にしていた時期があったけど
それも同じで、でも言い方は「主体性を持つように生きる」
と言った方が自分自身にもわかりやすかっただろうな。

ボキャブラリーのなさと、読書量、人との会話量が足りなかったかもね。

でも今「主体性のなさ」に気づけて良かったね。

主体性を持つということは「責任を持つ」ということなんだって。

全て自分に起こることに「自分で責任を引き受けること」なんだって。

その覚悟があるかどうか。

自分で考え、自分で責任を取れるかどうか。

当たり前のことのようで、全然出来ていなかった。

特に最近は「考える事」を放棄すらしていた。

考えるエネルギーが枯渇状態だった。


もっと考えよう。
自分を愛していこう。
言い訳しないで生きてみろ。


今日図書館に行った自分偉いぜ。

図書館でふと見た時計は11:11だった。

友達とメールやりとりしてふとみた時間は14:44だった。
送ったメールの時間は15:33だった。

おっけ。


『「せつなさ」の心理』加藤諦三 大和書房
 
から個人的な抜粋メモ


「すぐ自己反省する人は、いつも犠牲者の役割を演じる。すぐ自己反省する人も、攻撃性を自分に向けている人であろう。すぐ自己反省するが、実際の行動を伴わない事が多い。」

「自分の心の葛藤を解決するために相手を非難する人は、非現実的な理想像と比較して相手を責め苛む。それは責めている本人が、現実の自分と理想的自画像の自分との乖離に苦しんでいるからなのである。その責めている本人の深刻な劣等感なのである。神経症的な栄光追求の挫折から相手を非難しているに過ぎない。相手を責め苛んでいる本人が自分を受け入れる事ができない限り、相手を受け入れる事はできない。責めている本人が、現実の自分を理想の自画像と比較して現実の自分を蔑視している限り、相手を蔑視する姿勢は改まらない。」

「なにかどこかに、いまの人間には甘えがある。『だまされたって誰も同情等してくれないし、誰も助けてくれはしない』そう一人一人が、はっきりと自分に言い聞かせる事が大切なのである。」

「フロムは「しかし(愛)という仮面をかぶった好意的支配もまた、しばしばサディズムのあらわれである。好意的なサディストは自分の所有物が富み、強力になり、成功することを欲するけれども、彼が全力をあげて阻止しようとするひとつのことがある。それは彼の所有物が自由と独立とを獲得し、彼のものではなくなってしまうことである」

「僕はときどき、読者から尊敬されて不愉快な思いをする時がある。それは、私を尊敬しているところの自分を尊敬しているにすぎない姿を見るからである。あるいは、尊敬が「私はあなたをこれだけ尊敬しました。あなたは、私になにをしてくれますか?」という要求なのである。(略)ある人間を教祖的にあがめる人間など、情緒的未成熟者以外にいるはずがない。自分たちだけでやらせれば何もできないくせに、指導者を非難することだけは一人前の若者がなんと増えてしまったことか」


「日本人はさびしさを避けようとして、人間的わずらわしさのほうを選ぶ。それは日本人一人一人が独立していない証拠であろう。結果として、さびしさもせつなさも避ける事はできない。人間が真に独立できたかどうかということは、何を基準にすればわかるのだろうか。それは、その人間が自分が一人で味わった精神的懊悩を誰かにわかってもらえなくても生きていかれるようになった時である。(略)人間は自己変革、自分が独立していく過程で、他人に「わかってください。誰がわからなくてもいい。でも、あなただけは私の本当の気持ちをわかってもらいたいのです」と叫び声をあげる時があるに違いない。しかし、本当に独立するということは、この叫びさえ聞き取れなくても、なおかつ生きて行けるということである。この恐ろしいほどのさびしさ、せつなさに耐える事が独立するということなのである。最愛のひとにさえ、本当の気持ちを理解してもらえずに生きる苦しさを味わうことなしには、人間は独立することができない。人間はこの苦しさ、さびしさ、せつなさに耐えられないからこそ、自分のまわりの人々が理解できる範囲の中で動こうとする。その結果、欲求不満になっている。」



メモ。
それにしても、主体性を持って生きるということは、とても強くなければ出来ないことだと思う。
今の私ははっきりいってそれが出来る程強くはない。多分耐えられない。

私の中で具体的に想像して書いていることが一つ二つあるけれど、ちょっと言えない。
私があの人と同じ立場だったとしたら、そんな選択が出来ただろうかということ。
自分に正直になるということは、人を傷つける可能性がある。かなりある。
わがままになるということであり、誰に理解されずとも非難されても、自分に正直なのだからこれが正解なのだと胸を張って言うことである。
「わがまま」「我がまま」その通り。私のまま。
一般的には非難されるようなことだけど、果たして他人はその人を非難する立場にあるのだろうか?
その人が「責任をしっかり負っている」のであれば誰も非難する立場にはなれない。
だけど、「その責任」を本人は背負っているだけで、往々にして傷つけた相手への心の補償は到底できるものではないような気もする。だから非難されるのか…。
その非難を感じながら生きて行く…。本当に強い人だと思う。
私は一生かけてもそのレベルまで到達できないと思う。


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by unicorn_unico | 2018-09-20 22:22 | ● 日記 | Comments(0)

散歩してたら仏様

散歩していると、
とある神社のはずれにポツネンと仏様がいた。

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私の大好きな円空仏さんに似てるな〜。


後ろ姿なんか特に素敵やん。
年輪の加減だけど…。
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いや、でもこの台座の鉈の入れ方、素敵。
いけてる。
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明らかに誰かが真似て作ったものだと思うけど、
どういう経緯で、誰が作ったものか知りたい。

この神社の管轄神社にメールして質問してみたけれど
音沙汰無し。


ああ、また岐阜行きたい。
円空さんに会いたい。

前回はもう10年近く前になるんだ〜。


円空仏は優しさとともに、
なんと表現したらいいかわからないんだけど
私はエロスを感じるんだよね。

なんでだろね。

棟方志功とかもそう。

縄文土器の火焔型土器もそう。

熱を感じるんだよね。

心臓と子宮にぐっとくるあの感じ。
生命の根源を感じるからかなあ。
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by unicorn_unico | 2018-09-11 22:22 | ● リスペクト | Comments(0)

ちびまる子ちゃん

お盆に同じ歳のイトコと会った時に漫画の話しをしていて
私が

「最近漫画もめちゃめちゃ断捨離したよ。
生き残ったのは「うる星やつら」の好きな数巻と「火の鳥」と
「ちびまる子ちゃん」全巻と、玖保キリコと冬野さほだけだよ。
(こう見ると、そんなに断捨離出来てないな…)
「ちびまる子ちゃん」は迷ったんだけど、やっぱり捨てられなかった
 なんだかんだでやっぱりちびまる子ちゃんは面白いよね。」


なんて会話をしていました。


その数日後にそのイトコから珍しくLINEが来たので見てみると

「さくらももこが亡くなったって!」

とのこと。

本当に「嘘でしょ????まだ若いよね。」と、信じられませんでした。
テレビを付けると確かにニュースになっていました。

乳がん…。
お盆にイトコとも乳がんについて少しちょうど話していたところでした。
やっぱり乳がんって甘くみたらだめだね。



私が小学4年生の時に「りぼん」で「うちはびんぼう」という作品と出逢い、
「ちびまるこちゃん」というバカな妹キャラまる子とずーっっと親しんできました。
大好きだった岡田あーみんとコラボしたりで、
さくらももこと岡田あーみんは「りぼん」の中でも特別枠でした。

大人になってちびまる子離れしつつある頃、夫の部屋の本棚に
「もものかんづめ」だとかのエッセイがあり
なんだか嬉しかった記憶もあります。


イトコとLINEでさくらももこの思い出話しを繰り広げていたところ
イトコが「ちびまるこちゃん」の中で忘れられないシーンは
「眠れない時に「他山の石」とかいってセーラー服きたバカみたいなおじさんの妄想のやつ」らしい。
私も長らく読んでいないけれど、一瞬にしてそのおっさんの容姿が思い浮かんだ。
「加藤茶みたいなおじさんのやつだよね」と。

そう。ひっぱりだして確認したよ。
このシーン。
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やっぱりさくらももこは絶対に普通の思考回路ではない。
本当に小学生の頃からこんな変な妄想をしていたんだと思う。


私もちびまる子では色んなシーンで笑ってきたけれど
特別笑ったというわけではないけれど、とにかく大好きな場面がある。

「ゆううつな参観日」という授業参観の話。

はまじが計算の答えを間違えても笑いをとっていたので、
同じく答えを間違えたまるこが「はまじみたいにやっちゃえば?」という
心の声と葛藤したあげくした失態。


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前に出て黒板に答えを一生懸命考えるも途中でわからなくなるまるこ
そして…
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この「いいじゃんいいじゃんプックプー」のまるこが大好き。

そしてみんなの「ごくっ」っていうのも好き。
すっごいわかるよね。
大すべりした時の、やらかした本人よりも周りに走る緊張感。
勿論やらかした本人の心臓が縮まる思いもよーくわかるけど。


「いいじゃんいいじゃんプックプー」は夫からなにか責められた時によく使ったものです。


この記事アップする用に久しぶりに読んだけどやっぱり面白いね。

あんまり漫画の画像アップするのはやばいと思うのでもうやめるけど、
授業参観中にお母さんの手前「とりあえず手をあげるまる子」を指名する先生に対して

「先生め、こんなに自信のなさそうなわたしをあてるなんて
 …どうやらそのやさしそうな顔の下ははんにゃだね」

とか、小3で思ってたらホントにすごいと思うけど、
さくらももこは本当に思っていた子供だった気がするからやっぱりすごいと思う。


他にも爆笑したので覚えてるのは
失敗した年賀状を郵便局に交換しに行く話。

友蔵が変な「おてもやん」とかいう芋版の年賀状作っちゃって
お姉ちゃんが「失敗したのは交換してもらえる」と教えてくれたので郵便局へ行くまるこ
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これこれ。画像拾ってきちゃった。

笑いを堪える郵便局員。
「はっ!」からの「おいおい なんだよコリャ」
何度見ても笑える。



さくらももこさんが亡くなって、本当に寂しい気持ちになりました。

最初に思ったのはちびまるこちゃんのお父さんとお母さんはどれだけ悲しんでいるんだろうという事。

ちびまるこちゃんを読み返していると、当たり前だけど、全てが子供の頃のまる子の「家族の物語」であるんですよね。
勿論全部が本当の話ではないけれど、お父さんお母さんを思うまる子とまる子を思うお父さんお母さんこれは事実なわけで、読み返すの辛いだろうなと思ってしまい、ちびまる子ちゃんを読み返す時にまた今までと違った感情がやってくることになりそうです。

ご冥福をお祈りいたします。ありがとうございました。


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by unicorn_unico | 2018-09-08 16:16 | ● 本/TV/映画/ドラマ | Comments(0)

ハンモック

断捨離の記事の次にこれかよ。


夫がハンモックを欲しがったので許可したよ。

人生短いよ、やりたいことはやるべし。

という言葉に「そのとーり」と思っているのでOK出した。

私は正直1mmも欲しくなかったけれど。

しかし、やって来たからには興味はあるさ。
私も寝っころがってみた。

ふ〜〜ん。ほほう。
楽しいかもね。
目を閉じ数秒揺られてみると…、

酔う酔う。

うげー。

私の三半規管の弱さは多分世界ランク5000位くらいには入るんじゃないかと思う。

ハンモック台を縮めてブランコチェアみたいなのにもできるタイプなんだけど
そちらもイマイチでした。新しくチェア用かハンモック布を買い足しかな。

って断捨離した途端に(無駄な?)モノ仕入れて意味ないね。

まあ人生には 車のハンドルに「遊び」があるように
無駄を省く事ばかりに意識をもって行きすぎず、
たまには「遊び」を入れてこそ人生をまっすぐ走らせることが出来るのかもしれないね。

私のハンドルは現在もブレブレブレりんこでヨタヨタ走行してるけどな!
私の場合「遊び」の問題でなく、ハンドル握ってる本人に問題ありなだけだけどね。
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あ、乗っかってるのは断捨離の餌食には一生ならないであろう
テディのベアさんです。
夫が20年以上前にプレゼントしてくれたもの。

…20年以上前って、どんだけ年季入ってるんだわたしたち



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by unicorn_unico | 2018-09-07 14:44 | ● 日記 | Comments(0)